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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)9390号 判決

原告 日本ジェット株式会社

右代表者代表取締役 山科允彦

右訴訟代理人弁護士 辻公男

右同 山崎優

右同 三好邦幸

右同 三木孝彦

右同 河村利行

右同 川下清

被告 株式会社びわこ銀行

右代表者代表取締役 今井芳男

右訴訟代理人弁護士 長野義孝

右同 平井慶一

右同 松尾園子

主文

一  被告は、原告に対し、金一六〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一億円及びこれに対する昭和六三年二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、公害防止機械等の製作販売を業とする株式会社であり、昭和五四年七月頃から被告と手形割引等の取引をしていた。

2  本件の経過

(一) 原告は、自己が振り出した三和銀行天満支店(以下「三和銀行」という。)を支払場所とし、満期が昭和六一年九月三〇日である各手形(以下「本件回り手形」という。)の決済その他の支払に当てる資金が必要であったため、被告との手形割引取引の一環として、原告代表者は、同年同月二九日、被告に対し、額面合計三五〇〇万円の手形六通の割引を依頼した。

(二) その際、被告は、原告に対し、担保の追加を要求し、担保物件の適否をめぐる折衝の末結局、本件回り手形の満期である右三〇日午後二時頃に至って、右担保としては、株式会社玉置製作所の代表者玉置良太郎の人的保証とすることに話がまとまった。原告は、同日午後三時頃、保証約定書に玉置の押印を求めるべく被告銀行大阪北支店を出発し、右保証約定書に押印を得たうえで午後六時三〇分頃、被告銀行に戻った。

(三) その間、三和銀行は、被告に対し、三度にわたり融資実行の有無を問い合わせている。そのうち同日午後四時頃及び同五時二〇分頃の二度の問い合わせに対しては、被告は、玉置の保証約定書が徴求できれば融資を実行する方針であると回答した。しかし、三和銀行は、午後六時に対し、三度目の問い合わせをした後、本件回り手形を不渡りとすることとし、不渡返還の処理手続を執ったため、翌日不渡届が出され、不渡り(以下「本件不渡り」という。)となった。

(四) 原告は、本件不渡りにより取引上の信用を失墜し、よって、同年一〇月に二度目の不渡りを出して、銀行取引停止処分を受け、倒産した。

3  被告の責任

(一) 手形割引義務の違反

(1) 被告は原告との間で、遅くとも昭和六一年九月下旬までに、手形割引枠一億円(ただし、手形一銘柄((一振出人))につき額面合計二〇〇〇万円)の限度においては原告からの手形割引申込に対し、被告はこれを承諾し手形を割り引く旨の予約をした。

(2) 原告からの同年九月二九日の前記手形の割引申込は、右割引枠の範囲内であったのだから、被告は、右予約に基づき、手形を割り引く義務があるにもかかわらずこれに違反し、原告の手形割引申込に対し、担保の追加を要求して、直ちに割り引かなかったため、本件不渡りが生じたものである。

(二) 三和銀行に対する事情説明義務の違反―その1

(1) 原告と被告との間で、同年九月三〇日午後二時頃、玉置良太郎を保証人とすることで合意し、同人の保証約定書を徴求できれば前記手形を割り引く旨の停止条件付手形割引契約が成立した。

(2) 被告は、右契約に基づき、原告が保証約定書を徴求に行っている間に三和銀行が不渡返還処理をすることがないように、三和銀行からの問い合わせに対し、右停止条件付手形割引契約がある旨原・被告間の事情を述べて不渡返還処理の猶予を要請すべき義務があったのにもかかわらず、被告は右義務に違反し、右三〇日午後六時頃の三和銀行からの問い合わせに対し、反対に原告に対する前記手形の割引を実行しないと受け取られるような返答をしたため本件不渡りが生じたものである。

(三) 三和銀行に対する事情説明義務の違反―その2

仮に、右停止条件付手形割引契約が認められなかったとしても、信義則上、被告は、三和銀行に対し、原告への融資の意向である旨その事情を述べて不渡返還処理の猶予を要請すべき義務があったと解するべきである。

即ち、一般に商人間の取引においては、その契約の交渉中に一方の当事者が当該取引の成立を前提とした別個の取引の交渉を他の第三者との間で為すことが日常的に行われているが、その過程において当該第三者が元の取引の他方当事者に接触を求めることがある。この場合接触を求められた他方当事者は、当該当事者との間において、当該取引の商慣習若しくは慣行に基づいた適切な対応が要求されるのであり、右要請は、一般的には商慣習ないし商道徳上のものに過ぎないが、元の契約交渉が契約準備段階に達したときは、具体的事情によって接触を求められた他方当事者は、当該第三者に対し、信義則上一定の作為または不作為を義務付けられる場合がある。

本件においては、本件回り手形の決済当日、原・被告間の前記手形の割引契約の締結に関し、三和銀行から右割引契約締結の意思を確認するため被告に対し三度にわたり電話連絡があったが、当日の午後三時を経過した時点では、三和銀行において、被告が前記手形を割り引かないと判断した場合には、本件回り手形について直ちに不渡返還のための処理が執られる状況にあったのであるから、被告において、玉置の保証約定書があれば原告に割引融資をする意向であり、原告代表者は右保証約定書への押印を得るために玉置方へ向かっている旨その事情を説明して三和銀行が不渡返還処理手続を執らないよう猶予を求める信義則上の義務があったと解するべきである。

それにもかかわらず、被告は、右義務に違反し、前記三〇日午後六時頃の三和銀行からの問い合わせに対し、割引を実行しないと受け取られるような返答をしたため本件不渡りが生じたものである。

(四) 不渡報告の取消請求手続を執るべき義務の違反

被告は、三和銀行が本件不渡手続を執った後においても、原告の損害を最小限度にくい止めるため、前記(二)(1)記載の停止条件付手形割引契約上の義務または前記(三)記載の信義則上の義務に基づき銀行錯誤による不渡報告の取消請求手続を執り、本件不渡処分を回避するべきであった。

即ち、不渡報告の取消手続とは、不渡処分が銀行の錯誤に基づく場合に錯誤をした銀行が大阪銀行協会に対し、「取扱錯誤による不渡報告の取り消し請求」の手続を行うことにより、不渡報告が未だなされていない場合には不渡報告が掲載されない扱いとする手続であるが、被告はこの手続を執ることによって原告の損害を最小限度に食い止めるべきであったにもかかわらず、右措置を執らなかったために本件不渡処分が確定した。

4  損害

(一) 逸失利益 二億〇三四七万円

(1) 原告は、被告の右行為により次のとおり、すでに受注していた工事契約が解約され、または受注予定の工事の受注ができなくなった。

① 受注先 東レエンジニアリング株式会社

受注予定工事名 大阪市津守処理場機械設備工事

受注金額 約二億五〇〇〇万円

② 受注先 東レエンジニアリング株式会社

受注予定工事名 倉敷市下水処理場機械BIOCMB設置工事

受注金額 約一億一〇〇〇万円

③ 受注先 有限会社東洋メタルコ

受注予定工事名 鉛溶解炉改造及び集塵装置取替工事

受注金額 四五〇〇万円

④ 受注先 装置建設工業株式会社

受注予定工事名 熊本県山鹿市山鹿処理場汚泥脱水設備工事

受注金額 八五〇〇万円

⑤ 受注先 装置建設工業株式会社

受注予定工事名 福岡県行橋市ポンプ場汚泥ケーキホッパー製作納入

受注金額 二五〇〇万円

⑥ 受注先 ネオス株式会社

受注予定工事名 日本鉱業(株)倉見工場酸洗装置追加工事

受注金額 一八六〇万円

⑦ 受注先 横手産業株式会社

受注予定工事名 二酸化塩濃度コントロール装置工事

受注金額 一〇〇〇万円

⑧ 受注先 広島食品加工センター

受注予定工事名 食肉加工工場及び排水処理設備

受注金額 二億一〇〇〇万円

右受注及び受注予定金額合計七億五三六〇万円

(2) 原告の、過去における受注工事の利益率は、二七パーセントを下回ることはない。

(3) 従って、原告は、被告の本件行為により少なくとも得べかりし利益として二億〇三四七万円の損害を被った。

(二) 信用毀損による損害

原告は、本件不渡処分を受けたことにより、取引上の信用を完全に失墜し、新たな信用取引もできず、倒産するに至ったのである。原告の過去の年間売上は一億円を下回らないから、原告の信用毀損による損害は、一億円を下らない。

5  よって、原告は被告に対し、右各義務不履行に基づく損害賠償の内金として金一億円及び本件請求拡張の申立書が被告に送達された日の翌日である昭和六三年二月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2(一)  同2項(一)の事実のうち、原告代表者が割引を求めた手形金額の推移を争いその余は認める。原告代表者は、額面合計三三五〇万円の手形五通を持参し、これと株式会社玉置製作所から受取り予定の額面約四〇〇万円の手形があるとして、そのうち二八五〇万円分を割引いて欲しい旨要望した。そして原告代表者は前記三〇日午後二時頃になって右手形のうち三五〇〇万円を割引いて欲しいと要望するに至った。

(二) 同2項(二)ないし(四)の事実は認める。

3  同3項について

(一) (一)(1)の事実は否認する。原告主張の手形割引枠は被告の内部処理の基準に過ぎず、原告との手形割引の予約ではない。

同(2)の事実のうち、原告代表者が要望した手形割引が原告主張の手形割引枠の範囲内であったこと、被告が担保を要求したこと及び本件不渡りが生じたことは認め、その余は否認する。

(二) (二)の事実は否認し、主張は争う。

(三) (三)の主張は争う。

(四) (四)の主張は争う。

4  同4項の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2項の各事実(ただし、同2(一)のうち原告代表者が割引を求めた手形金額の推移の点を除く、右の点の判断は後記四2(三)のとおりである。)は当事者間に争いがない。

二  同3項(一)割引義務について

原告は、被告との間において、原告が被告に割引を受けそれが未決済である手形が一銘柄二〇〇〇万円以内であり、かつ、手形金額合計額が一億円に達しない範囲内で手形を割り引く旨の予約があったと主張するので検討するに、前記のとおり、被告は、原告主張通りの割引枠において原告から手形を割り引くこととしていた点は当事者間に争いがなく、原告代表者及び証人飯塚文江は原告の右主張にそう供述をしているが、原、被告間においてこの点について契約書その他の文書を取り交わしたことはなく(乙第三号証の融資取引時細書には(融資)極度額が一億円との記載が見受けられるが、これは被告の内部文書にすぎないものと解するのが相当である。)、右原告代表者及び証人飯塚文江の右供述も、単に支店長を始め被告の行員が原告との普段の取引の際に右のように述べていたというにすぎないのであって、右割引枠は原告との手形割引額の最大限を定めた被告の内部基準と見るのが合理的であり、右証拠のみでは原告主張にかかる法的な割引義務を伴う予約の成立を認めることは到底できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

従って、被告の割引義務を前提とする請求原因3項(一)の主張は理由がない。

三  同3項(二)について

前記争いのない事実によれば、被告は、原告からの本件手形の割引依頼に応じる前提として要求していた追加担保としては玉置良太郎の保証で足りる旨原告との間で合意し、原告も右玉置の保証約定書への署名押印を得るために行動し、被告としても、右保証約定書が完成し入手できれば、融資に応ずる意向であったことが認められる。しかし、手形割引契約においては、担保の有無や信用度もさることながら、割引手形の不渡りの危険を避けるための割引手形自体の信用性が重要な要素となるのであるから、手形の信用性について調査をした上で割引契約を締結するのが手形割引契約の当事者の通常の意思であるというべきであるところ、《証拠省略》によれば、原、被告間において担保についての合意をし、原告代表者等が玉置方へ保証約定書の押印を求めに赴いた後においても、被告は割引を求められた手形の信用調査をしており、原告代表者が当日午後四時三〇分頃に被告へ電話連絡をした際に右手形の一部に信用性に疑問があるため割引が難しいものがあると述べたことが認められ、かかる事実に照らせば、担保の追加についての合意ができたことをもって直ちに停止条件付割引契約が成立したとまで見ることはできず、他にこれを認定するに足りる証拠もない。従って、これを前提とする請求原因3項(二)の主張は理由がない。

四  同3項(三)について

1  まず、被告が三和銀行に対し、原告への融資の合意がある旨を告げるかまたは事情を述べて本件手形不渡返還の処理についての猶予を要請するべき信義則上の義務があったか否かについて検討する。

2  前記争いのない事実及び前記認定事実のほかに、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和四一年に金剛通商株式会社として設立され、同五三年に訴外日本ジェット株式会社を吸収合併して同名の会社に商号変更したものであり、昭和五五年一月二九日被告と相互銀行取引約定を締結して、商業手形の割引取引を開始した。そして昭和六〇年一〇月三一日現在手形割引残高が九八一九万円余りにも達したが、その後割引残高が暫減し、昭和六一年八月三〇日現在には三〇八〇万円余りになっていた。

(二)  原告の、同年九月三〇日に三和銀行で決済すべき手形は、合計四〇通、六〇〇〇万円程度であったが、そのうち三〇〇〇万円程度は他の金融機関からの融資が決まっており、残りの三〇〇〇万円程度については、本件手形割引による被告からの融資金の一部で充てるつもりであった(不渡返還された手形も六通、額面合計約三〇〇〇万円であった。)。

(三)  原告代表者は同年九月二七日被告銀行大阪北支店に赴き、二八五〇万円の手形割引を要望したが、被告担当者梅原秀治は既に割り引いていた原告持ち込みの手形のうち同月決済予定の手形金額が八三〇万円程度で少なかったことなどから、その要望に難色を示し、また担保の追加をも要求した。原告代表者は同月二九日額面合計三三五〇万円の手形五通を持参し、被告銀行にその割引を依頼したが、被告銀行は物的担保及び保証人を立てることを求めたため、原告との間で、折衝を重ね、最終的には、翌三〇日午後二時過ぎ、担保は人的担保として株式会社玉置製作所の代表者取締役玉置良太郎を保証人とすることに双方合意した。なお、三〇日に至って原告代表者は被告に対して、右五通の手形と株式会社玉置製作所から受取予定の額面約四〇〇万円の手形(以下併せて「本件手形」という。)により。更に融資額を増額し、三五〇〇万円の手形割引金を要望していた。

(四)  被告は、担保についての折衝の末、自らも電話で玉置が保証人になってもよい意思であることを確認したので、玉置の保証約定書が取れれば本件手形を割り引く意向を固め、割引金も準備した。一方、原告代表者及び原告の経理担当社員である飯塚文江は、同日午後四時過ぎ頃、富田林市内にある玉置方へ到着し、被告銀行から貰って来た保証約定書に玉置の署名、押印を得た上、午後四時半頃同人方から被告へ、右署名、押印を得て、これから被告銀行へ向う旨の連絡をした。

(五)  その際、被告の次長であった萩原美千紘は、原告が割引を依頼した本件手形のうち新朝日物産株式会社振出の額面三五〇万円の手形については、被告が以前に割引いていた同社振出で同日満期の手形の決済の確認がとれず、また同じく本件手形のうち協同組合広島食品加工センター振出の手形二通額面合計一五〇〇万円についても、信用性に疑問がある旨述べていたものの、原告が、同日午後七時頃に右保証約定書を持参して被告銀行へ戻ってきた時点までには、右割引済みの新朝日物産の手形は決済されていることが判明していた(協同組合広島加工センターの手形の信用に対する疑念はそのまま残っていた)。

(六)  三和銀行天満支店は、右三〇日、原告から同日の手形決済資金を被告銀行から振り込む旨の連絡を受けていたが、その振込がなかったので、同支店の営業課長森脇亮は、同日午後三時半頃、被告に対し電話で右振込についての照会をしたところ、被告銀行の貸付係長梅原秀治は、原告への融資の話があり、原告代表者がその保証約定書の作成と手形回収のために出向いており、右手形決済資金の振込をする予定である。暫く待って貰いたいとの回答をした。同日午後五時頃二〇分頃、森脇亮は再び被告銀行に電話をし、右振込がいまだなされていないことの事情を照会したところ、梅原秀治は先と同旨の回答を繰り返したうえ、三和銀行は何時まで待ってくれるかを尋ねたところ、森脇亮は、所定時刻を越えて待ったにもかかわらず結局当該手形が不渡りとする場合の事務処理が過重で、人道的に対処できないとして、午後六時までしか待てないと答えた。なお、同時刻には既に振込手続をすることはできなくなっていたが、梅原秀治はこれに替えて現金を準備済みであり、これを持参することとなる旨の説明まではしなかった。

次いで同日午後六時頃、森脇亮は被告銀行に対し電話をし、その電話に出た被告銀行次長の萩原美千紘に対し、午後六時であるから待てない、融資をすることが確実であるのかと尋ねた。萩原美千紘は、原告代表者から電話で前記保証約定書に玉置良太郎の保証の署名、押印を得て、被告銀行に向っている旨の連絡を受けていたが、萩原美千紘は、原告代表者が被告銀行の了解した保証人の保証を得て、被告銀行に持ち帰り中であることや、被告銀行が現金を準備して待っていること等の具体的な事情の説明をせず、また不渡返還の処理手続を待って貰いたいというような話もしないで、ただ仕方がないと答えるに止まった。

そこで、三和銀行は被告の手形について不渡返還の処理手続を執った。

なお、森脇亮は被告の手形割引きが実行される可能性が高ければ、原告の手形について入金待ちとし、翌日までにその不渡返還の処理手続を延ばす考えを有していた。

(七)  三和銀行は、手形を不渡にする場合には、不渡手形を翌日の手形交換の際に「逆交換」の方法によって不渡返還するために、同行本店に同日の午後六時過ぎに発送しておく必要があったところから、前示のとおり午後六時までしか待てないと被告には言ったが、不渡返還の方法は逆交換に限られず、翌日、手形持ち込み銀行の店頭で直接返還するいわゆる「店頭返還」の方法によることも可能であり、その場合は翌日の午前一一時までに返還すれば足りる。被告も以前に店頭返還による不渡返還を行った経験があり、かかる不渡返還の方法があることは十分知っていた。

(八)  被告は、本件手形割引金の一部が三和銀行での原告振出手形の決済に使われるものであり、被告が割り引かなければ不渡りなることは熟知していた。

(九)  被告は、これより先の昭和六〇年一二月三日、原告代表者の自宅土地建物につき、抵当権設定に必要な書類を預かっており、原告代表者の了解を得た上で、右当日の九月三〇日に右土地建物に極度額一〇〇〇万円の順位二番の根抵当権登記手続をした。

以上の各事実が認められる。

《証拠判断省略》

殊に証人萩原美千紘は、三〇日午後六時頃三和銀行の森脇亮から電話が掛かった際、森脇亮はもはや原告の手形決済を持つことはできないと一方的にいったと供述するが、原告代表者は、同人が同日午後七時頃被告銀行に戻って原告の手形が不渡処分となったことを聞き、憤概して、直ちに森脇亮に抗議をしたところ、森脇亮は被告において、原告代表者が保証約定書を取りに行っているけれども、被告としては現金を用意していないと答えたと述べた旨供述し、また証人飯塚文江も三和銀行は被告が現金を用意しているということを一切いわなかったので、不渡処分にしたと説明した旨供述しており、少なくとも、森脇亮が右午後六時の段階で単に一方的に原告の手形の不渡処分を通告したに過ぎないものではなく、なお萩原美千紘に対して本件手形の割引の意向についてその事情の照会をしたことが窺われ、これと証人森脇亮のこの点のに関する証言に徴すると、証人萩原美千紘の右供述部分はにわかに措信し難い。

他に前記各認定を左右すべき証拠はない。

3  ところで一般に、契約締結を目指して交渉を始め、その交渉行為が進んで、交渉当事者間に一定の信頼関係が生ずるような段階に至った場合には、双方の間には、単なる一般市民の相互間における関係とは異なり、信義則の支配する法的関係が生ずるものというべく、このような関係に立ち至った場合には、双方は互いに相手方の人格、信用、財産等を害しないように行動をなすべき信義則上の義務を負うものというべきである。そして右信義則上の義務に反して相手方に損害を及ぼした者は、その損害賠償義務を負うと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、原告は昭和六一年九月二七日から本件手形割引契約の交渉に入り、同月三〇日には、追加担保についての折衝の後、被告は、自ら玉置の保証意思を確認した上、玉置の保証約定書が揃うのを待つ間に本件手形の信用調査を経、一部の手形の信用性について疑念を残していたものの本件手形の割引を実行する方針を固めていたのであり、被告が三和銀行から三度目の電話を受けた同日午後六時ころには、原告代表者は、右保証約定書を入手して被告銀行へ戻る途上にあったのであり、本件手形割引契約が成立に至っておらず契約準備段階ではあったものの、契約成立に極めて近接した段階に至っていたということができる。

他方、右の時点に至っては三和銀行への決済資金の調達は被告からの本件融資以外にはなく、これに代わる他の金融機関からの融資の交渉をする余地はなかったことしかも、手形決済日の通常の取引時刻を過ぎていたため三和銀行は、被告の融資の可能性についての返答如何で入金待ちにするか、不渡りにするかを決する考えであり原告と被告との右手形割引契約が成立しなければすぐにでも三和銀行において不渡処理手続が執られる状況にあり、被告もかかる状況を十分認識していたものである。

更に、金融機関である被告銀行が、原告に対して本件手形割引融資を行う意向であり、その手形割引契約の締結も、基本的には保証約定書の到着に要するわずかの時間の問題を残すだけとなっていることを三和銀行に伝えた上、不渡返還の手続の今しばらくの猶予を求めさえすれば、三和銀行において、これに応じる体勢にあったものである。

そして、企業が不渡処分を受けたときは、事実上金融機関からの与信を受けられなくなる等重大な影響を破ることに鑑みると、右のような状況下において、被告としては、少なくとも、三和銀行に対し、融資の実行可能性が高いことの具体的状況を正確に伝え、原告代表者が戻るまでのしばらくの間不渡返還の処理を待つよう求めるべき信義則上の義務があったと認められる。

この点、被告は、三和銀行に不渡返還のための処理をのばしてもらうための折衝は、振出人である原告の責任においてするべきことであり、被告には何らの義務がない旨主張する。確かに、通常不渡りを回避すべきであるのは振出人であって、第三者がかかる義務を負うものでないけれども、本件のように不渡返還のための処理に切迫した状況に至った場合においては、金融機関である被告の言によらなければ三和銀行も入金待ちとして不渡返還のための処理を猶予することはできないのであり、原告自身が猶予を求めてもそれだけでは実行性がないと解せられるが、その反面、被告が原告へ融資する意向である旨を伝えさえすれば、三和銀行において、しばらくは不渡り返還処理を猶予する体勢にあったのであるから、前記のような状況の下での被告の前記義務を否定することはできないというべきである。

以上のとおり、被告は三和銀行に対し融資の実行可能性が高いことの具体的状況を正確に伝えておらず、特に同日午後六時頃の電話の時点では、原告代表者が既に玉置から保証約定書を得て被告銀行へ間もなく戻ってきて、割引が実行できる見込みであったにもかかわらず、三和銀行から不渡処理の手続をこれ以上待てないと告げられたのに対し、被告は、それ以上の猶予を求めることなく、消極的ながらこれに従ったものであり、前記信義則上の義務を怠り、これにより結局原告振出手形に不渡りを生じさせ、これがため銀行取引停止処分に至らせたものであって、被告は、この点においてその損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。

六  同4項(損害)について

1  逸失利益

(一)  《証拠省略》によれば、同4項(一)(1)の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  《証拠省略》によれば、過去における原告受注工事の、売上額から、仕入代金下請代金等の支出額を差し引いた利益の受注額に占める利率の平均は、昭和五九年度においては二〇・七パーセント、同六〇年度においては三四・九パーセントであることが認められるから、少なくとも原告の利益率は二〇パーセントは下らないと認められる。

右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  従って、本件によって原告が失った得べかりし利益は一億五〇〇〇万円は下らない。

2  民法七二二条二項の類推適用

《証拠省略》によれば次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  被告は、原告の資金繰りに懸念を持ち、原告が振り出す手形の支払銀行を被告に変えて欲しい、と申し入れていたが、原告は、三和銀行の方が知名度が高いとの理由で拒否しており、また、被告は、原告に対し、融通手形の有無を調べるため手形発行明細書の提出を求めていたが原告はこれをも拒否していた。

(二)  被告が原告から割り引いていた手形のうち、昭和六一年九月に決済される予定のものは、合計八三〇万円に過ぎなかったため、同月初めの時点で、被告の行員である橋は、原告に対し、同月において多額の割引はできない旨述べていた。

(三)  被告は、原告代表者の父の不動産について、担保の設定を以前から要求していたが原告代表者は拒否しており、本件手形割引に係る交渉においても重ねて右要求がなされたが原告はこれを拒否し、原告が代案として提示した二、三の不動産は、差し押さえがされているなどでいずれも担保価値の少ない物件であった。

(四)  被告が原告から割り引いていた手形のうち、ミツバ化成株式会社、株式会社玉置製作所及び奥田正夫各振出の手形について、被告は原告が本件不渡処分を受けた後にいずれも右の振出人らから支払の猶予を求められ、ミツバ化成にあっては、同社の社長が被告銀行へ支払の猶予を求めに来たとき、本来この手形は落とさなくてもいいものだと述べ、奥田正雄においても、同人の妻等が支払の猶予を求めにきたときに、この手形は、原告代表者から迷惑は掛けないということで振出しを頼まれたもので支払義務はないと述べていた。

以上によれば、原告はもともと資金繰りに苦慮し、毎月末に金融機関からの融資を受けては決済しており、被告から資金繰りに対し不安を抱かれ、追加の担保を要求される状況であったのに、原告は希望さえすれば被告が本件手形を直ちに割り引いてくれるものと安易に考え、被告が原告から割り引いていた手形のうち昭和六一年九月に決済される額に比べ多額である本件手形の割引依頼を本件回り手形の決済日の直近になって行い、また、被告が追加担保を求めたのに対し、担保価値の少ない物件を提示するなど、本件手形割引に係る折衝の時期が右手形決済期限に極めて切迫したことについて原告に大方の原因があり、これが本件不渡りを発生させる少なからぬ要因になったものと認められ、さらに原告において融通手形を交換し既に企業としての資金調達能力自体が相当脆弱化していたことが窺われ、原告が倒産するに至ったについて原告の寄与にかかる部分も軽視できぬものがあり、さらに、本件手形割引契約が前示のとおりの事情とはいえ未だ成立するに至ってなかったことなど右諸般の事情を考慮すると本件不渡りによって生じた財産的損害を全部被告に負担させることは公平の理念に照らし相当ではなく過失相殺の規定の類推適用により右損害のうち、一割の限度において被告に賠償責任を認めるのが相当である。そうすると被告は前記逸失利益一億五〇〇〇万円の損害のうち、一五〇〇万円の限度においてこれを賠償する責任がある。

3  信用毀損による無形損害について

右1、2項に認定の諸般の事情に徴すると、右損害は一〇〇万円をもって相当と認める。

七  以上によれば、原告の本件請求は金一六〇〇万円及びこれに対し本件請求拡張申立書が被告に送達された日の翌日である昭和六三年二月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余については失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言については同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林茂雄 裁判官 熱田康明 吉田尚弘)

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